Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
「……訓練、調子悪いの?」
「…………」
チーハンに視線を落としたまま、何も答えないエレン。
エミリは水を一口飲んで続けた。
「……私が訓練兵団に入ったばかりの頃はね、成績は普通だった」
「!」
エミリの話に驚いたエレンは、勢い良く顔を上げる。エミリは首席で卒業していることを知っているから。
街を行き交う人々をその瞳に映しながら、エミリは懐かしい記憶に思いを馳せる。そんな彼女の表情には、どこか寂しさも入り混じっているように見えるのは気のせいだろうか。
「何をやっても成績は上がらなくてね……特に、立体機動の訓練には悩まされたなあ。自主練だっていっぱいしたのに……なかなか上手くいかないの」
得意の座学以外の成績は全て中。
だからいつも、朝早く起きては対人格闘や立体機動の自主練を惜しまなかった。もちろん、寝る前だって体を動かしていた。
毎日、毎日……もちろん、その成果はちゃんと出ていた。
「初めはね、順調だったの。……けど、伸びていた成績はある時を境に、ピタリと止まってしまった」
20、10とトントン拍子で上がっていた成績は、突然、同じ順位のまま動かなくなった。動いたとしても一つ上がるか、下がるかのどちらかだった。
それは、訓練兵団に入って一年が過ぎた頃だった。
「……その時、『ここが私の限界なのか……』って思って、酷く落胆した」
弟であるエレンに、正直言うとあまりこういった情けない話はしたくはなかった。けれど、エレンの力になってあげたいという気持ちの方が強かった。
フッと自嘲し、更にエミリは続ける。
「……周りの同期たちは皆凄くて、私よりも一期下の後輩達の方がセンスもあって、段々自信が無くなってきたんだ」
フィデリオは、その頃から立体機動も対人格闘術も優れていた。
他の同期たちもそう。先輩や後輩たちだって……いつしかエミリに付き纏っていたのは、大きな"劣等感"。
どうすれば強くなれるだろう。
どうすれば戦う力を身につけられる?
その焦りが日に日に募っていった。