Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第10章 存在
「エレン・イェーガーです!」
扉越しに大きな声で名乗りを上げれば、部屋の中から「入れ」とキースの低い声が返ってきた。エレンは緊張した面持ちで扉を開く。
教官室に入ると来客用のテーブルに紅茶の入ったティーカップが二つ置かれていた。
(……あれ、説教されるんじゃねぇのか?)
そう、ジャンとの揉め事に関して説教するのであれば紅茶など用意しない。なら、一体どういう要件で呼び出されたのだろうか。
「座れ」
「は、はい!」
既に席に着いているキースに促され、エレンは彼の向かい側へ腰掛ける。
キースはエレンが着席したのを確認すると、一口、紅茶を口に含む。
「……紅茶は苦手か?」
「あ、いえ……! 頂きます!!」
やはりこの紅茶はエレンのために用意されたらしい。
ティーカップに口を付けながら、チラリとキースを盗み見る。怒っている様子は見られない。声音も、同期のサシャとコニーを怒鳴る時と比べると大分柔らかい。
(……やっぱ、説教じゃないのか。なら、俺は何で教官に呼び出されたんだ?)
正直、気になって仕方が無いが、取り敢えずキースが口を開くまで、エレンも黙って紅茶を啜る。
一段落ついたところで、キースが懐から一枚の紙を取り出し、エレンに向けて机の上に滑らせた。
「…………教官、これは……」
見たところ手紙のようだ。
その手紙は、紙質もそれに施されている装飾も通常では買う事の出来ないような代物だ。
「今朝、調査兵団団長のエルヴィンからこの手紙が届いた」
「……エルヴィン団長!?」
エレンは思わず声を上げる。
自分が憧れ、尊敬する人物の名がキースの口から発せられ、それはもうとんでもなく驚いた。
だが、問題はそこじゃない。
何故、調査兵団団長から送られた手紙を、こうしてエレンを呼び出し見せるのか。
考えられるのはただ一つ。
「……まさか、姉さんが……」
エレンの脳裏に浮かぶのは、姉であるエミリの顔。
エミリは、エレンが訓練兵団へ入団すると同時に調査兵団へ入った。
姉と直接会ったのは、彼女が所属兵科を決める前日。
あれからもう一年。
時々、手紙でやり取りはしていたが、たまに姉の過保護な文章にうんざりし、何だかんだ三ヶ月は連絡を取っていない。
最悪の事態が頭を過ぎる。