Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
「何だ」
エーベルに引き止められると思っていなかったリヴァイは、少し驚いた様に目を見開き彼の方へ振り返る。
「その……エミリのことをよろしくお願いします」
エミリの方を見ながら、寂しそうに微笑むエーベルにリヴァイは少し首を傾ける。
「あの子は、大分危なっかしいですから。今回のが良い例です」
例とはエミリが橋から飛び降りた話だ。
彼の言葉から、彼女が昔から無茶ばかりする娘だったということが伺える。
「初めて会った時も、木の上にいる子猫を助けようと上へ登って、怪我をしたことがありました」
エーベルの昔話にリヴァイは溜息を吐く。
しかも、そんなエミリの話は一つや二つだけでは収まらず、これから兵団でも何かをしでかしそうで目眩がした。
「世話が焼けるな……」
「はい。でも言い換えれば、彼女はとても"優しい"。だからこそ、放っておけないんですよ。あの子には、もっと自分を大切にして欲しいんですけど、なかなか言う事を聞かなくて困ったものです」
今回の飛び降り事件同様、エミリは自分を顧みない。彼女はそういう人間だ。
だから、エーベルにも気持ちを伝えること無く自分の恋を諦め、そしてシュテフィとの仲を取り持った。
「その癖に人一倍強がりだから…自分から人に甘えることはしません。これから兵士として戦い続ける中で、その性格はきっと彼女自身を苦しめる。だからあの子にも、愛する人、愛してくれる人を見つけてほしいと」
それがエーベルのエミリに対する願いだった。
「お前の言いたいことは分かったが、何故それを俺に話す」
「何故、でしょう……僕もよく分かりません」
分からない。
けど、リヴァイなら何とかしてくれると思ったからなのかもしれないし、もしかしたら彼がエミリにとっての運命の人なのかもしれない。
「まあ、お前に言われなくてもあいつの面倒はちゃんと見る」
最初はただ、変わった奴だと思っただけ。たったそれだけだった。
けれど、今はもうエーベルと同じ、”放っておけない奴”に変わった。
エミリとの繋がりはきっと、もう嫌でも切れないだろう。
「じゃあな」
そう言ってエミリの元へ歩いて行くリヴァイの背中が、とても大きく見えた。