Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
「……悪い、エミリ」
「はい?」
もうすぐ、橋の元へ辿り着くといった所でケニーが足を止める。
彼の悪いの意味がよくわからなくて、エミリは思わず呆気に取られた。
「俺が送ってやれるのはここまでだ」
そう言ってケニーはエミリを降ろす。
エミリは大人しくケニーの肩に置いていた手を離し、左足に体重をかけ立つ。
「そんな体で心配だが、こっから先は行けねぇんだ」
「いえ! ここまで送って頂いただけでも十分助かりましたから!!」
指輪を見つけて貰った挙句、わざわざ上までおぶって運んでくれた。エミリ一人だけだと何時間掛かった事だろう。
「えっと……でも私、お礼とか……」
「ガキがいっちょ前に気を使ってんじゃねぇ。ほら、さっさと行きやがれ」
フッと笑みを浮べたケニーは、帽子を深く被り直しエミリから背を向け歩いて行く。
「ケニーさん!」
「あ?」
「また何処かでお会いできたら……その時はお礼させて下さい!! ありがとうございました!!」
満面の笑みを見せ、放つエミリの言葉にケニーは溜息を吐く。
(ったく、気を使うなって言ってんだろうが)
心の中で悪態をつきながらも、エミリらしい律儀な言葉に口角を上げる。
言葉で返す代わりに片手を上げることで返事をしてみせた。
それが、『またな』なのか『さよなら』なのかはケニー本人しか分からないが、前者であるといい思う。
エミリは、ケニーが去っていった方向とは反対の方へ歩いて行く。
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、ケニーは独り言を呟いた。
「……次、会った時ねぇ……どうなってるかわかんねぇなぁ、お互い……」
ケニーはもう一度、エミリが歩いて行った方から背を向け、そして空を仰ぐ。
さっきは森の木々で見えなかったが、今日は雲一つ無い晴れ渡った美しい青空が広がっていた。