Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
前の茂みから聞こえた男性の声に、エミリは顔を上げる。
木々の間から姿を現したのは、テンガロンハットを深く被った長身の男だった。
彼の親指と人差し指に挟まれているものは、キラリと光る指輪。それについている宝石は、間違いなくエーベルがシュテフィに送った婚約指輪だ。
「は、はい……!! それです!!」
指輪を目に映したまま、エミリは足首の怪我を忘れて立ち上がり男へ歩み寄ろうとするが、激痛が邪魔をしてその場にしゃがみ込んだ。
「〜〜いったあ……!」
「オイオイ、あんまり無茶すんな」
男は右足を抑えしゃがみ込むエミリに近寄り労りの言葉を掛ける。
『ほれ』と指輪を差し出され、エミリは苦痛に顔を歪めながらそれを受け取り安堵した。
「にしても、お前さんもとんでもねぇことしたもんだ」
「……えっと、何があったか知ってるんですか?」
そこで初めて男の顔を目にする。
パッと見て50代くらいだろうか、風貌は少し怖い感じもするが何故だか緊張はしない。それよりも、雰囲気が誰かと似ている気がする。
「上の方が騒がしい、とは思っていたが……嬢ちゃんが降ってきた時は流石に肝を冷やしたぜ」
「……す、すみません」
「ま、見つけたのが俺で良かったなぁ。嬢ちゃんくれぇの年頃だと、若い男に襲われてたぜ?」
「いや、こんな傷だらけの女、誰も相手にしませんよ」
溜息混じりにエミリが応えると、男は大きく笑い声を上げる。何がそんなに面白いのかエミリには理解できない。これも生きた年月の違いなのだろうか。
「確かに、そんな満身創痍な体じゃあなぁ? だがなぁ、嬢ちゃん。自分がいまどんなカッコしてるか分かってんのか?」
「え?」
男に指を差され、エミリは自分の姿を確認する。
膝下まであった裾は太腿が見える程度まで大きく破れ、胸元も破れた部分から下着がチラリと見えかかっている。
「痛々しい姿に変わりねぇが、覚えとけ。可笑しな性癖を持ったクソみてぇな男がわんさかいるってことをな」
「……はあ」
男の言葉がイマイチ理解できず、エミリは首を傾げる。取り敢えず、自分よりも人生を長く生きてきた彼が言った言葉。一応、肝に銘じておくことにする。