Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
「はぁ……残念だ。君がちゃんと心を込めて謝罪をしてくれたら、指輪も返したし、特別に調査兵団に援助もしてやろうと思ったのに」
そう言ってエミリを見下ろしながら声を上げて笑っている。
耳を塞ぎたくなるような耳障りな声が鬱陶しくて、エミリは唇を噛み締める。
次に目に入ったのは、涙を流すシュテフィの姿。
大切な人からの贈り物を、こんな形で失くしてしまったのだ。心に大きな傷が残ってもおかしくない。
エミリはギュッとドレスの裾を握り締めると、怒りの表情を表すリヴァイへ声を掛ける。
「すみません、兵長」
「何だ」
「シュテフィさんのこと、お願いします」
「…………は?」
エミリの発言の意味が分からず、リヴァイは彼女へ視線を移す。シュテフィも手を顔から外し、涙を流しながらエミリを見上げた。
「お前……何言ってる?」
怪訝な顔をするリヴァイを他所に、エミリはツカツカと男の方へ歩いて行く。
「おや、まさかさっきのように、私をまた殴ろうと」
「するわけないじゃないですか、そんなこと」
男の言葉を遮り静かな声で彼の横を通り過ぎる。
彼の言った通り、てっきり男にまた平手打ちでも仕掛けるのかと思ったリヴァイとシュテフィも、エミリの考えていることがわからず、ただ彼女を視線で追っていた。
「……さっき」
「はい?」
「兵団に援助もしてやるなんて偉そうなこと言ってましたけど。そんなの……」
エミリは手摺へ足を掛ける。
「……こっちから願い下げだっての!! バカァ!!」
腹の底から叫んだエミリは、勢い良く橋を飛び越えた。
「エミリさん!?」
「馬鹿野郎!! 何してる!?」
予想外の行動に、シュテフィは悲鳴に似た声を上げ身体を強ばらせる。
この橋の上から下の森まで高さは約20m。そこから飛び降りるなど自殺行為に等しい。
リヴァイが橋の下を覗き込んだ時には、バキバキと枝が折れる音だけが上に響いていた。