Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
「おや」
そこで、男の目がシュテフィの左手へ移る。
その視線に気づいたシュテフィは、肩をビクリと揺らし身構える。
ゆっくりとシュテフィの前へ立ち、彼女の左手を手に取った彼の視線はその薬指に固定される。
「……これ、ホフマン家の御子息からの婚約指輪だよね?」
「…………あ、はい……そうです、けど……」
「ふーん」
面白くなさそうな表情で指輪を眺め続ける彼の行動が読めなくて、シュテフィの顔には冷や汗が流れ始める。
「あの……」
そして、声を掛けた時だった。
「え……」
彼の表情が変わったと思いきや、婚約指輪がシュテフィの指から外される。突然の出来事に、シュテフィも何が起こったのかわからず反応が薄い。
「ちょっと!?」
代わりにエミリが指輪を取り返そうと男へ手を伸ばすが、ひょいとかわされ、その反動で橋の手摺に手をついた。
男に顔を見上げれば、彼は何かを企んでいるような不気味な笑みを浮かべて、シュテフィから奪った指輪を眺めている。
「か、返して下さい! それはエーベルさんから頂いた、大切な……」
「婚約指輪、だろう? じゃあ、その指輪を君が失くしたと知ったら、彼はどう思うかな?」
「……え? 何を言って……」
シュテフィは泣きそうは表情で、男と指輪を交互に見る。
見るに堪えない光景に、エミリも声を上げた。
「いい加減にしなさいよ!! そんな事して何の意味があるのよ!?」
「別に、意味などないよ。強いて言うなら、軽い遊びと言ったところかな」
「はあ? ふざけないでよ!! その指輪、シュテフィさんに返して!!」
もうこんな相手に言葉遣いなど気にしてられるか。開き直ったエミリは、腹の底から叫ぶ。
エーベルもシュテフィも、今日という日を心待ちにしていた。
自分が好きだった人の結婚式。
きっと失恋したあの時なら受け入れられなかった事実も、今なら心から祝福できる。
だからエミリも楽しみにしていた。
エーベルと、彼が愛するシュテフィの、二人が幸せになる瞬間を──