Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
「…………兵長」
「ここでコイツを殴っても無意味だ。落ち着け」
「……っ」
リヴァイの言葉に自分が何をしようとしていたのか気がついたエミリは、ゆっくりと腕を降ろした。
「これはこれは、リヴァイ兵士長ではありませんか!」
「…………」
「まさか、こんな所でお会い出来るとは」
兵服を着用していなくとも、やはりリヴァイは有名らしい。いや、彼が王家の使用人の一族であれば、リヴァイの姿を知らない方が可笑しいのかもしれない。
(愛想を振り撒いてんのはどっちよ……)
リヴァイの姿を見た途端、憎たらしい笑みから変わって良い人を演じる彼の態度に苛立ちが募るばかりだった。
「随分とクソみてぇな状況だが……なあ、アンタ……恥ずかしいとは思わねぇのか?」
エミリとシュテフィ、そして彼女の従者たちをぐるりと見回し、男へ視線を戻したリヴァイは呆れたように言葉を放つ。
「大の大人が婚約を断られただけでこれか……貴族(お前ら)の考えが、全くもって理解できねぇな」
気の所為だろうか。
リヴァイの声がいつもと比べ低くとても冷たいものだった。
(兵長も、怒ってる……?)
一見、ベーゼ家の行動に呆れているだけのようにも見えるが、リヴァイの声には苛立ちも含んでいるように聞こえた。
エミリはリヴァイから男へ視線を移す。
(……え?)
エミリは目を見開いた。
リヴァイの言葉を受けても、男の顔に笑みが乗せられたまま。それどころか、それが貴族だと開き直っているようにも見える。
「そんなことは重々承知ですよ。貴方方も分かっているでしょう。貴族とはそういうものだと」
(……そういうものって、分かっててやってるっていうの)
とんでもない発言に、エミリは耳を疑った。
そして、彼の言葉の中にはエーベルらホフマン家やシュテフィたちのことも含まれているように聞こえ、更に気分が悪くなる。