Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第9章 幸福
男はエミリを目に映すとフッと嘲笑う。そんな彼の態度にエミリは顔を顰めた。
馬鹿にするようにエミリを見下す視線と先ほどの言葉は、嫌われ者の貴族らしい言動だ。
「どこの誰だか知らないが、邪魔者は退いてくれるかな?」
あっち行けと言わんばかりに、迷惑そうな顔でシッシと手をひらりと振って追い払う仕草を見せる。
しかし、エミリは負けじと睨み返し、口を開いた。
「……邪魔者はどっちですか?」
発せられた声は、いつもと比べ幾分か低いものだった。
丁寧な言葉すらも使いたく無いが、エミリは兵士だ。立場を弁えなければならない。
「まるで、シュテフィさんをこの先に行かせないよう、馬車で進路を防いでいるように見えますが……」
「それが?」
その言葉で理解出来た。
この男が何者なのか、今何が起こっているのか……
「貴方、シュテフィさんに結婚を申し出たベーゼ家の方ですね。婚約を断られた貴方は、シュテフィさんを結婚式に出させないために、こうして彼女を引き止めている。違いますか?」
自分で言うのもなんだが、頭は良い方だ。
この状況と彼の言動から見て、この考察はまず間違い無いだろう。
「フッ……おやおや、ただの愚民かと思いきや、なかなか頭の良い小娘だったようだ」
ベーゼ家の男の言葉に、エミリは怒鳴りたくなる感情を必死に抑える。
「その通り、私はそこの女に振られた憐れな男だ。私と結婚すれば、彼女の家にも高い地位を与えてやろうと思ったのに……ホフマン家なんかに嫁ぐとは」
「なんかって……」
頭に手を当て、わざとらしくやれやれと呆れたように振る舞う男の態度が気に食わなくて、エミリは更に手を握り締める。
「エーベルとかいったかな……あんな愛想しか振りまくことのできない男のどこがいいんだか」
「っ……アンタねぇ!!」
もう耐えられなかった。
エミリは手を上げ、男の頬目掛けて平手打ちを打ち込もうとする。しかし、
「止めろ」
後ろから誰かに手を掴まれ、動きを止められた。
勢い良く振り返る。そこには見慣れた黒い髪と三白眼──リヴァイがエミリの腕を掴んで立っていた。