Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第8章 涙
何も言わずにエミリを連れ出したリヴァイが訪れたのは宿の庭園だった。
ここは、初めてこの宿に泊まった時、エミリが恋を諦めようと決めたあの庭だった。
月明かりが庭園を照らす中、花壇に咲く花たちは冷たい風に揺られている。
リヴァイは噴水の縁に腰掛けると、自分の隣をポンと叩く。
「座れ」
「……あ、はい」
訳もわからず連れて来られたエミリは、取り敢えず言う通りにリヴァイの隣へ腰を下ろす。
すると今度は正方形の小さな箱を渡された。驚いて固まっていたエミリだが、その箱を受け取る。
「……えっと、これは?」
「開けてみろ」
リヴァイに言われて箱を開けるとふわりと甘い香りが漂う。
中には、バウムクーヘンが入っていた。
勿論、それを見たエミリは驚く。
バウムクーヘンはとても高級なお菓子だからだ。
「へ、兵長……これ……」
「やる」
「えぇ!? いや、でも……バウムクーヘンって……む、無理ですよ! こんな高級なもの……!!」
「いいから食え」
簡単に言うリヴァイだが、エミリは戸惑う。
そもそも、何故自分にこんな高いお菓子を渡すのか。それも謎だった。
もしかして、エーベルに振られた自分を慰めようとしてくれているのか。よく分からなかったが、これ以上断る気にも慣れず言葉に甘えて貰うことにした。
ナイフがないため、形が崩れないよう丁寧に手でバウムクーヘンを小さく千切り、パクリと齧り付く。
コーティングされた砂糖が口の中で溶け、エミリの味覚を刺激する。
「……美味しい」
「そうか。そりゃ良かったな」
甘い甘いバウムクーヘン。
それを一口食べただけで、エミリの顔には小さな笑顔が浮かぶ。それはバウムクーヘンだけでなく、リヴァイの心遣いもあったからなのかもしれない。
「兵長、ありがとうございます」
「ああ」
リヴァイの視線は月に向けられたままで、一切エミリを見ようとはしていなかったが、彼から発せられる声はとても優しいものだった。