Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第1章 その日
「皆さん、落ち着いて! こちらに並んで下さい!!」
「持っている荷物は捨てて、一人でも多く船に乗れるように!!」
さっきから同じ言葉を繰り返してばかりだ。叫び続けて喉が痛い。
こちらがどれ程声を張り上げても、やはり住民達は慌ててそれどころではない様子だった。
「クッソ……! これじゃ埒が明かない」
「仕方ないじゃない。こんな状況だもの、慌てるなって方が無理よ」
「まあ、そうだけどな」
何故、自分はこんなにも落ち着いているのだろう、とエミリは不思議に思った。
巨人がいて、ヤツらに食われた人がいて、住民達はこんなにも絶望に満ちた顔をして逃げているのに、兵士達でもあんなに慌てた様子なのに、何故、こんなに冷静にいられるのだろうか。
「どけ! ガキ!!」
「あぁ……!」
そんな中目に入ったのは、男性が目の前に走っていた男の子を邪魔だと言って投げ飛ばしたものだった。男性はそのまま逃げ、取り残された男の子はわんわんと泣いている。
エミリは溜息を吐いた。どうしてこんなにも自分勝手な人間がいるのだろうか。
未だにその場でうずくまっている男の子の元へ駆け寄ろうと足を動かしたその時。
「!!」
男の子の後ろから、巨人が恐ろしい笑みを浮かべながら歩いて来た。勿論、それを目に映した男の子は、恐怖でその場に固まってしまう。
「危ない!!」
「おい! エミリ!!」
あんな小さな子を見捨てるわけには行かない。
エミリは、急いで男の子の元へ駆け寄り、ギュッと抱き締めた。真後ろには10m程の巨人が、二人を見下ろしている。
「エミリ! 早く逃げろ!!」
フィデリオの声が聞こえる。エミリは、男の子を抱えて立ち上がったが、巨人の歩く振動によって上手く歩くことが出来ず、つまづきその場に倒れ込む。
「エミリ!!」
巨人がエミリへ手を伸ばす。ここまでかと巨人の大きな手を目に映した。
(エレン、ミカサ、ごめんね。また悲しい思いさせちゃって……)
せめてこの子だけでも助けられないかと起き上がる。しかし、巨人の手はもう彼女の目の前に迫っていた。万事休す。せめてあの世では、幸せに暮らせますように、と願った。
その直後、一つの閃光が巨人のうなじを一直線に切りつけた。