Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第1章 その日
「……え?」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。エミリだけじゃない、フィデリオもだ。
目の前に迫っていた巨人は、呻き声を上げ倒れ、そのまま蒸気となってどんどん皮膚が消えていく。
「っ!! あれは……」
倒れた巨人の上に人が立っている。
風に靡くのは深緑色のマント。そこには、憧れの自由の翼の紋章があった。それは、巨人と戦うことを決意した者が持つ調査兵団の証。
そして、"彼"は、ゆっくりとエミリの方へ振り向いた。
「おい、お前。さっさとそのガキ連れて逃げろ」
「!?」
兵士にしては小柄な身体。それなのに彼からは、人を寄せ付けないような圧倒的なオーラがあった。一見クールに見えるが、綺麗な黒髪から覗く三白眼には熱い想いが込められている。
「早く行け!!」
「っはい!」
彼の声に、エミリは男の子を抱き上げ、フィデリオの方へ走る。
もう一度、肩越しに男を見ると目が合った。彼は、エミリ達が無事であることを確認すると、再び立体機動で空を舞う。そして、すぐ近くにいた三体の巨人を一瞬にして倒してしまった。
「……スゲェ」
隣にいたフィデリオが、感嘆の声を上げる。エミリも同じ気持ちだった。
空を素早く駆け回り、何体もの巨人を瞬時に倒してしまう程の圧倒的な強さ。しかし、その力強さとは反対に、なんて綺麗に飛ぶのだろうと、思わず吐息が漏れる。
だが、そこで一つの疑問が浮かぶ。
あんなにも凄い腕を持つ兵士が、何故無名なのだろうか。噂の一つや二つ上がっていてもおかしくは無い。
(最近、調査兵団に入ったばかりなのかな……)
エミリは時間を忘れ、ぼんやりと男が飛んで行った方を眺めていた。
これがエミリと、後に人類最強と呼ばれる男との出会いだった。