Vergiss nicht zu lacheln―進撃の巨人
第8章 涙
「あの!」
「!」
聞き覚えのある声に顔を上げるとシュテフィの目に映ったのは、ケーキの箱を抱えたエミリとその数歩後ろに立つリヴァイの姿だった。
「貴女は……エミリさん?」
「はい。こんにちは」
「……ええ、こんにちは」
返事を返すシュテフィの声は、やはり元気が無かった。どこか悩んでいるように見える。
「隣、座っても良いですか?」
「どうぞ」
シュテフィの許可を得たエミリは、彼女の隣に腰掛けケーキを膝へ置く。
早く屋敷に戻らなければならないし、リヴァイも付き合わせてしまっているため、ゆっくりしている時間は無い。
エミリは早速切り出した。
「何か、あったんですか?」
「……え」
「すごく、思い悩んでいるように見えたので」
エミリの言葉にシュテフィは目を丸くする。
一度しか会ったことの無いエミリが分かるほど、不安が顔に表れていたのかと。
シュテフィはどこか疲れた様に眉を下げて微笑む。
「……参ったわね。私、そんなに顔に出ていたかしら」
「エーベルのこと、ですよね?」
「…………二週間程前のことです。私の婚約者になるという方が屋敷に来られました」
シュテフィの話によると、ホフマン家と並ぶ貴族の者が彼女に婚約を申し込んだのだそうだ。シュテフィはそれを受けようとは思わなかったが、彼女の家柄はホフマン家らよりも低い。
シュテフィに拒否権は無かった。もし、婚約を受け入れないのであれば、彼女の家の権力を奪うと脅しを掛けられたのだそうだ。
「……明日、返事をするように言われました。けれど、私は……エーベルさんが好きなんです」
膝の上で上品に重ねられていた手が、悔しそうにスカートをぎゅっと握る。綺麗なレースであしらわれたそれは皺ができそうな程で、彼女のエーベルへの想いの強さが伝わった。
「告白、しないんですか? 返事は明日なんですよね? だったら……」
「……でも、彼も私のことが好きだとは限りませんし、迷惑かもしれませんから……」
覇気のない弱々しい声で、恋を諦めようするシュテフィ。
そんな彼女の様子に、エミリは苛立ちを覚えた。