第7章 若獅子と不良娘①~優しいひと~
「……そ、某に片膝をつかせるとは…女子ながらに天晴れでござる…っ!」
「あんたが馬鹿なだけでしょ!ったく、なんなのよ!放っといて!!」
付き合っていられないと、ふんっと顔を背けて歩きだそうとする彼女の腕を、ぱし、と掴む。
「放っておくのは、貴殿を送ってからにするでござるよ」
いつの間にか立ち上がって、微笑んでいる幸村に僅かに目を丸くした少女は、しかしすぐにキッと彼を睨んで、腕を振り払おうとする。
「今すぐ放っといて!離してよ!」
「某、真田幸村と申す。道中のわずかな時間でござるが、よろしくお頼み申す」
全くもって話は聞かず、にこにこと勝手に自己紹介をはじめた挙げ句、腕はどんなに強く振っても全然離れない。
「ホントなんなのあんた!いい加減にしてよ!!」
離せと喚く彼女を引きずるように路地裏から連れだし、もう一度向き合う。
「名前も住所も言いたくないなら言わなくていいでござる。せめて家の近くの明るい道まで教えて下され」
「やだ」
「……なら警察に迷子として…」
「や、やだ!」
「なら家のそばまで…」
「いや!絶対に嫌!!」
必死で首を振る少女の様子に、幸村ははた、と思い当たって。
「…家に帰るのが、嫌なのか?」
「!!」
幸村の言葉にびくっと体を強張らせて、少女は俯いた。
今までの威勢はどこへやら、か細い声で、けれど精一杯強がった言葉で、ぽつりと呟く。
「……ちがう。…帰る場所が、ないだけ…」
「…!」
帰る場所がないだけ、そう呟いた彼女の腕をそっと離して。
幸村は冷えた小さな少女の手をぎゅ、と握った。
「!?」
何、と慌てて顔をあげた彼女の視線を捉えて。
「なら、とりあえず某と来るでござる。明日のことは明日考えたらいいでござる。今夜は冷えるから、ゆっくりお風呂に入って、あったかくして寝るでござるよ」
自分でも不思議なほど自然に出てきた柔らかい声と表情で少女に言い聞かせ、呆然としている彼女の手をひいて少女の歩幅に合わせながらゆっくりと家路についた。