第8章 若獅子と不良娘②”恋”
「……あら、帰ってきたの」
ガチャリと三ヶ月ぶりの自宅のドアを開ければ、むわ、と煙草の煙とともに冷えた声が流れてくる。
冷えた声音に視線を投げれば、声の主の母親とその隣には知らない男がいた。
「……別に。荷物とりに来ただけ」
また母親の新しい恋人だろうと、他に会話もせずに手早く…けれどしっかりと荷物をまとめる。
もう二度と、戻ってきたくはなかった。
「…ねぇ、あんたまだあの男のとこにいるの?」
「……あの男…?」
なんのこと、と振り返れば彼女は目を細めて可笑しそうに笑った。
「あんたを預からせてくれって…三ヶ月前くらいに挨拶にきた男がいたのよ。そんなの、のしつけてくれてやるって言ったんだけど…やけに熱く説教されて…ホント面倒だったわ」
「……!」
――幸村だ、と直感する。
訳ありそうな家出娘のために、わざわざ家を調べて挨拶に行くなんて、どこまで生真面目で…優しい人なんだろうか。
彼を知れば知るほど、想いが溢れて、心が揺れる。
ついさっき自分から出てきたくせに、もう幸村に会いたくてたまらない。
あの笑顔を、自分に向けて欲しくてたまらない。
いつから私は、こんなに彼を好きになってしまったんだろう。
ぎゅ、と一度きつく目を閉じて想いを無理矢理押し込めて、何も答えず荷造りを再開する。
「…あんたの男の趣味って、私にはわかんないわ」
嘲笑と共に背に投げかけられた言葉に、すぅ、と神経が冷えていくのを感じた。
「……わかんなくていい。…あなたのようには、なりたくないから」
「っな…!!」
もう二度と戻らない、そう強く吐き捨てて私は再び家を飛び出す。
これ以上、家にはいたくなかった。
ひどく汚されている気がして、彼女の口から幸村の話をされるのが嫌だった。
―恋愛に時間は関係ない、と先の賢人はいう。
そんなのただの幻想や勘違いだと思っていたけれど、出逢ってたかが三ヶ月の男が、今こんなにも恋しい。
理屈ではなくて、ただただ想いが溢れてくるのだ――どうしようも、ないほどに。
「……会いたいよ、幸村…」
ぽつり、すがるように呟いた声はまるで。
泣いてるかのように揺れて、消えた…。
…to be continued.