第5章 蒼き竜と虎の娘⑤~約束の杯~
「悪いが、強行手段にでる」
どうしても駄目ならば、攫ってでもゆきを手に入れる。
低い声にそう力強く返せば、
「…攫われたら、あやつどころか孫の顔もみれんなぁ…」
それも寂しいものだ、と信玄公は苦笑した。
「のう、独眼竜。次男を寄越せるか」
「…次男…?」
突然振られた話に、首をかしげると、信玄公はやわらかく笑んだ。
「左様。お主と我が娘が結婚したおり、もし男子が二人産まれたら…次男を我が武田に養子として迎えたい。…どうじゃ?」
「!!……願ってもない、申し出…心より、感謝する」
深く、深く頭を下げる。
本当に、適わない。
穏やかな笑みに、言葉が詰まって。
器の大きさに、熱いものがこみ上げてくる。
感謝の言葉以外、何を言ったらいいのかわからなかった。
しばらく下げていた頭をゆっくりと上げると、信玄公は優しい瞳で、静かに口を開く。
「…実はな、ゆきがわしの事、幸村や佐助、武田の事…そして、愛しいお主の事…大切な大切なもののために、こっそり涙を零していたのを知っておった。…まだまだ幼い子供だと思っていたのに、いつの間にか一人前の女になりおって…」
やわらかく細める瞳は、どこか昔を懐かしむようでもあり、きゅうっと胸が締め付けられるような気がした。
「それにしても、お主に惚れるとは…あやつも極道の女よの」
「そうさ…俺が惚れた、最高の女だ」
俺の言葉に、信玄公は声をたてて笑った。
もちろんだ、というように。