第5章 蒼き竜と虎の娘⑤~約束の杯~
武田組で、小さな酒宴が開かれていた。
折り入って話がある、と訪ねてきた俺の為に武田組長である信玄公が、用意してくれた二人きりのささやかな酒宴。
この部屋に入る前に、不安そうに俺を見つめてきたゆきの顔を思い出して。
大丈夫だ、とあいつにも自分にも言い聞かす。
「回りくどいのは好きじゃないから、単刀直入に言わせてもらう」
覚悟を決めて、はっきりと言葉を紡いだ。
「あんたの娘を、嫁にもらいたい」
真っ直ぐに目を見て、深く頭を下げる。
「……」
信玄公は何も言わず、ただじっと自分に視線がそそがれているのを感じた。
物言わぬ威圧感に、若干怯む己を叱咤して、更に言葉を続ける。
「大事なひとり娘だということは、重々承知している。それでも俺は、ゆきが欲しい。いや…ゆきでなければだめなんだ」
ひた、と見据える鋭い眼光を負けじと見返して。
「必ず幸せにしてみせると誓う。…許しを、もらえないだろうか」
痛いほど真っ直ぐで、なんの飾りもない言葉。
俺に出来るのは、駆け引きでも何でもなくて。
ただ誠心誠意、この気持ちを伝えるだけだ。
「…許さぬ、と言ったらどうする」
ようやく開いた虎の口から、低い声が響いて。