第3章 花冷えの底/不破
四年まえの春、はじめて踏み込んだ学園でぼくは目を見張った。
よく晴れた空のもと、見たことのない透けるような頭髪の持ち主に、気がつくと声をかけていた。
「おとぎ草子みたいだ」
あるいは、どこかでみた南蛮の絵のよう。
「…?」
「ご、ごめん、よく似合ってたからさ」
「似合ってるって、なにが?」
「ほら、その髷に差した…」
「オレ、簪なんてつけたか…え? なにこれ!」
手を伸ばし、簪ではないそれに指が当たると、その袴の旅姿の少女は気味わるげに口を歪めた。
「なにが刺さってるの?! 木?」
「桜の枝だよ。ああっ取らないで、せっかく似合ってるのに」
「やだよみっともないだろ」
「もしかして、だれかのいたずら?」
「そ、そういやさっき…」
そのとき垣根の向こうで、数人の物音がした。
頭巾をした、怪しげだが器量のよい少女たちが、桜の色の陰のなかで笑いあってこちらを見ていたようだ。花びらの散るなかで、ひらひらと白い手を振っている。
「手、振ってるよ。あのひとたちじゃない?」
妙なかんじの視線だったが、いまおもえば、上級生のくのたまたちに、入学するまえからはこは気をもたれていたのだろう。
「…」
「…」
金の髪の少女は垣根のほうを見ようとさえせず、ぼくも、なんとなく手を振り返せなかった。
怪奇にでもあったかのように、そそくさとふたりで手を取り合って、入学登録の列へと急いだ。
そのうち、ほかの入学希望らしい男の子たちが周りに増えはじめ、禍禍しいものを見たような気分がすこしはマシになっていく。
「なんだか…さすが忍者の学校だよね、ブキミだな」
「…オレ、くの一に向いてないかもな」
「まだ入学もしてないじゃないか!」
「とにかく、あのひとたちといっしょにやるなんてムリだって気がする…おまえ、名は? オレははこ」
「雷蔵」
「雷蔵か…おまえとおなじクラスだといいのに」
「男の子と女の子、べつべつに勉強するんでしょ、それはないよ」
「ちぇ」
「でも、ぼくもそうおもうよ。入学したらいっしょに遊ぼう」
あの桜の妖怪のような少女たちを見たあとだったけれど、ぼくは、この刈り入れどきの田園のような色の、美しく波打つ髪の少女のことは、すこしも怖いとは感じなかった。