第10章 姫事/土方
「わてはもう、天神やおへん。島原に聞こえたあんたはんになら、おんなのわての、最後の音曲、おことばに甘えさしてもろて、お聴かせしょう―――――ておもうたんどす」
はこはそう遺言し、立ち上がった。質素な縞柄の着物。高島田には櫛だけを差して、簪はないが、それでも土方には遊女だとよくわかってしまうのだった。
「男冥利だ。あんたの『最期』に、名高い音曲が聴けてよかったよ」
土方は腕を組む。廊下づたいに立ち去るはこの背中に、墨衣が重なって見える気がしながら、彼はそのうしろ姿の見えなくなるまで、座っていた。頭上の釣燈籠の灯りが、揺らぎ、消え入る。
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お待たせしました!
「明里と山南のような悲恋」というお題のプレッシャーに日々震えていました…だってそれ「輪違屋糸里」!しらずしらず、浅田次郎とじぶんを比べる思考にハマってしまい、吐くかとおもうほどでした
さてこの話のヒロインは、音曲の天才で、才能に応えてくれる島原を愛していましたが、秀でるあまり、置屋にいられなくなるほどの、あるおおきな事件を起こしてしまい、故郷島原のために出家を決意した…という裏設定があったりします
でも英断が報われ、隠遁するはずだった尼ヒロインはかえって高名な奏者として腕前を磨くことになる…かもしれませんね。土方さんは彼女の死に立ち会うとともに将来の偉人の誕生を予感したのでした