第9章 生きて、生きて、春が来る/潮江
その日の夕方、仙蔵は傷ついて帰還した。
俺が文を用意しているあいだ、先生から個人的に忍務を受けていたらしい。その忍務のなかで忍者と接触し、腹部に手裏剣を受けたと聞いたときよりも、俺はその髪を見て、悲痛なおもいに立ち尽くした。
医務室への扉を開ければ、いつも切り揃えられていた髪は、髷からさがる一部が中途半端に切られ、無様に布団に広がっていた。
「腹への攻撃は堪えるなあ」
掛け布団のしたで、つねよりさらに蒼白な顔の仙蔵は呻く。
「仙蔵てめえ、髪が…」
「ああ。せっかく結ってもらったわけだが」
「そうじゃねえよ!」
やはり仙蔵はまったく気にするようすがない。
髪は敵からの攻撃をかわすさいに、切られたという。
そのとき仙蔵は、耳元の髪のザクッと切られる音を、まったく気に止めずつぎの動作に出たのだろうと、俺はなんとなく理解していた。
「髪なんかより、文次郎、りんご剥いてくれよ」
「なにガキみてーなこといってんだ」
「いや、やはり剥かなくていい。皮はすきだ」
「わがまま放題かよ」
そのうち新野先生は食堂に薬の材料を借りに行き、医務室は静まり返った。俺はただりんごを切り分けていたが、ようやく口を開いた。
「…文を用意しながらおもったんだが、やっぱり、受け取ってもらえねえだろうな」
「ほう」
皿に置くごとに、仙蔵はそのりんごを口へ放った。
「職員が生徒を受け入れるはずはない」
「ああ。ほんとうに付き合うことになったら、それこそ不幸だな」
さもあたりまえだという顔で、仙蔵は肘を立てた。
そして項垂れる俺の頬に口吸いする。
「なッ…?!」
「おたがい叶わないほうがいいのだ。だが伝えることくらい、いいだろう」