第8章 青い目の魚/沖田
「どうして俺を追い返さないんだ」ある日、俺はふと寂しい気持で昼寝から目覚めて、つぶやいた。アイマスクをずり上げ、もはや秋晴れの清涼な空を、仰ぎ見たときだった。
「スケ番がこの非常階段で電子パイプ吹かしてるって、委員や教師に話すかもしれねェし、そうでなくても、俺を探して、かってにだれかが乗り込んでくるかもしれねェ……まあ、そうならないようにいつも気をつけてはいるけど。俺がじつは、スケ番のおまえから不良の動向を探りに来てるスパイってことも、あり得るんじゃあねェのかい」
「沖田クンは、この非常階段をオレの秘密基地かなにかとカンちがいしてるぜ」
横から、ぺらりと、ページを捲る音がする。タバコより量のおおい煙が流れ、青空に消えていった。
「校舎はオレのもんじゃねぇし、だれが乗り込んで来たって構わねえよ。つーか、おまえらは教師に報告して指示を仰いだりしないだろ。風紀委員は不良グループの亜種だ、はたから見ていてもわかる」
俺がはじめてこの非常階段への扉を開けたときも、はこは、抜けるような青空のもと、電子パイプを燻らせていた。長い黒髪をなびかせ、極端に長いスカートが秋風に膨らんだ。
ぼんやりと、闖入してきた風紀委員を視界にとらえ、「ああ、鍵、開けっ放しだったな」と驚いてみせるだけだった。
その視線は、警戒するでも、拒否するでもなく、むしろ、俺を受け入れてくれる深さがあって、俺はカンカンと足音を鳴らし、はこのとなりに座って、買っておいたコッペパンをかじったのだ。
それから、ここでふたりで昼休みを過ごすようになった。はこはいつも鍵を閉め忘れていてくれるから。
俺はこの非常階段のことを近藤さんにも、だれにもいわない。それが、不良なのに風紀委員を受け入れ、そばにいさせてくれたはこへの敬意のつもりだったが、たんに、俺が学校じゅうから恐れられている女番長の、ケンカよりすきなこと―――――文学を愛すること―――――を見せてもらう特権を、守りたかっただけなのかもしれない。
禁煙なんかしている、穏やかな番長の横顔に、おれはパンを持参して、会いにゆく。