第5章 これ以上、望めない/竹谷
「ところでさ…おれたち、なんで追われてるんだ?」
天井を眺めていたはっちゃんは頭を上げる。
「そりゃ、敵は実習用の密書がほしいんだろ」
「でも、年賀状の内容みたいなクソどうでもいい報告とか、先生のセンスないダジャレとかが書いてあるだけじゃねえか!」
「おれがおもうには、実習用のどうでもいい密書に、あの忍者たちのじっさいの機密を記したものが混ぜられてたってことじゃないのか」
「わざわざそんなこと、だれが」
「あの忍者たちと、さらには学園とも敵対していて、双方の混乱を喜ぶ者だろう」
「くっそ、そもそもおれたち結局、密書獲得してねえのに!!」
悔しげにからだを起こしたが、はっちゃんは、不意に、ぽいぽいと包帯や携帯薬を取り出しはじめた。
「けがしたのかよ」おれは尋ねながらも、おもわず、投げ出していた膝を立てて、からだを縮こめてしまう。
「なにをいってんだよ」こちらに迫りつつはっちゃんは首を傾げた。「けがしてんのはおまえだろ、見せてみな」
その視線は、おれの腹部に落とされる。
「…」
「おまえ、むかしから医務室に行くのとか、いやがったよな…痛いことされるからか?」
「べつに…じろじろ見んなよ」
「ごまかすなよ」
この、ろ組のクラスメイトのことが、おれは入学当初から苦手だ。
いつもの調子でひとをからかっていても、はっちゃんが現れれば、悪ふざけがすなおに驚かれたり尊敬すらされてしまう。
「もっと見せて」といわれれば、おれは退散するほかないのだ。勘右ヱ門は「それ恋じゃない?」というけど、ともかくはっちゃんには敵いようがない。
「見せろよ」
「やだ。そんなにおれがけがしてるって確信があるなら、小袖を剥ぎ取ればいいだろ」
「そんなことしねえよ」
「…だからおまえが苦手なんだ、おれは」
はっちゃんは生きものにたいし無闇に触りにいかない。
傷ついていればなおさら、向こうからからだをすりつけてくるまでそっとしておいてやる。しかしおれとしては、無闇に触られたほうが、かえって怒ってごまかしやすいというものだ。