第4章 黎黒/久々知
「おれははこのこと諦めるよっていったら、殴られた」
「…諦めるって、なんだよ」
「勘ちゃんに、譲るってこと」
「…オレのあずかりしらないところでオレを巡ってケンカするのはやめてくれよ。重すぎる。べつに勘右ヱ門のものになった覚えもない」
「それでも勘ちゃん、はこのことすきだとおもう。たぶん、ずっとまえから」
「だからって兵助の決めることじゃあないだろ…」
―――――はこの決めることだ。
昼間、廊下で勘ちゃんは怒りに震えながら、そういった。その七尺くらいさきでは、おれが尻餅をついたまま、いま殴られたんだろうかと、ぼんやり頭を押さえていた。
「はこに惚れてるのはおまえもおなじじゃないか!ナニサマのつもりなんだよ!!」
おれが謝ることすらできないうちに、勘ちゃんはつかつかと、廊下の角に消えてしまった。
おれはおもいしる。
『三禁』だとか、友情だとか、それは逃げでしかないんだろう。忍者だから、勘ちゃんがいるから、おれは身を引くだなんて、それは保身だ。
そのじつ、おもいを伝えて、はこに気味わるがられるのが恐ろしいだけなのに!
「つまり、兵助も勘右ヱ門も、オレのことすきなの?」
黙っているおれに、はこはおそるおそる、というふうに、神妙な声で尋ねた。
「うん。はっちゃんも、雷蔵も、はこのことすきだとおもう」
「はあ?! お、オレは忍たまだぜ」
「でも、女の子だ」
「そりゃそうだけど、『忍の三禁』ッ!」
「たしかに、将来どうなるかわかったものじゃないのに、同級生をすきになるなんて、バカげてる……でも、だからこそ、同級生でいられるいま、すきでいたいんだよ」
おれの声は、いつしか深刻なものになり、はこはすこしかんがえたようだった。
「そんなに真剣なら、なんで諦めるとかいうんだ」
「うん…勘ちゃんにも、呆れられちゃったんだ。だから――――」
「反省しろ」
はこの足取りが止まり、おれは彼女の顔を窺おうとするが、からだが急にふわりと解放された。
「おまえ、きょうカンジわるいぜ」
「うそ、待ってよ!」
はこはおれを地面に降ろすと、暗闇に消えていった。
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あと2話予定です