rain of teardrop【黒バス/ジャバ】
第29章 wrong step on the stairs3
『は、ぁ……ん、……ね…もう……』
『、……ハァ…しゃあねえな……これで終わりな。――チュ』
やがてすべての身支度を終えた名無しは、シルバーに促されようやく玄関に立っていた。
逃げるようにして帰るでもない、合意のもと「普通に」帰ろうとしている初めての瞬間。
その日のシルバーはまたチームと合流するらしく、それを知った名無しは、それ以上を自ら追求しなかった。
無論、すれば話題に必ず出てしまうからだ。
まだ考えたくない……仮初めでも、今は幸せだけを感じていたい。
誰が見ているかもわからない日中ゆえ、見送りは駅でなくこの玄関まででいいと言った名無しは、扉に手を掛けて初めて、シルバーとの一時の別れを惜しんでいた。
その雰囲気は後ろ姿に出るものなのか、察したシルバーは彼女の肩に触れると身を伏せ、赤い唇に黙って口付けた。
舌も入れた、音も出した、いやらしく何度も捏ね繰りまわして、唾液を絡めて離れるのを拒んでいる仕草をかぐわせる。
眉尻を下げて困った顔をする名無しは、それはそれはシルバーにとって、いつもの形容詞を口にさせるような愛らしさだった。
『……ッ』
『――気を付けて帰れよ』
どの口が言えたものか、別れ際のお決まりの台詞を本音で話すシルバーのキスは、最後に軽く触れただけだった。
名無しは静かにこくりと頷くと、彼の部屋をあとに一人駅へと向かい、足早に帰っていった。
帰り道、指でなぞった唇は、とてもとても熱かった――。
wrong step on the stairs3
20190620UP.