rain of teardrop【黒バス/ジャバ】
第20章 in the maze
このとき、自分の鞄の中で携帯が振動を訴えていることに名無しは気付いていたのだけれど、正直手を伸ばす余裕など彼女にはなかった。
ナッシュにずけずけと突き付けられた事実を受け止め、それを否定し、断固としてそうじゃない、と、声を荒らげる態勢に入るために神経を集中させていたからだ。
そんな構えをとろうものなら携帯など持てるわけもなし、着信相手が分かっていたならなおさらである。
名無しには、どうして時折しか会うことのない男にこうまで見透かされ、必死に否定しなければならないのだろうという呆れや疲れもあった。
けれど自分が諦めることで認めてしまう事実がある以上、どうしても引くわけにはいかないのだ。
そんなことはないと言い返しても、冷静なナッシュは冷酷にまた口を開く。
「妬いてるだろう?」
はい、なんて簡単に言えない。
乱れきった関係の男に、自分に酷いことをする男に、抱く感情の変化があるなんてこと、起きてはならないのだから。
まだ名無しには閉ざしていた扉があったし、鍵もしっかりとかけていた。
それが壊されるのは、もしかしたら時間の問題かもしれない。
それでも、開かれてしまうまでは、最後まで抗っていたかった。
唯一の自尊心を保つために……。