rain of teardrop【黒バス/ジャバ】
第20章 in the maze
「……う…ッ…」
シルバーの部屋を出て、無心で走った数分間。
心臓が張り裂けそうだったのは、気が動転していたなか駆けたからなのか、それとも別の理由か…。
後者であるはずがないと言い聞かせながら、名無しは必死に吐き気と苦闘していた。
「……大丈夫…だいじょう…ぶ…」
きっと他人に聞かれでもしていれば、痛々しさ全開に違いない。
独り言とはそういうものだ。
けれど名無しはそれを止められなかった。
必死に自分自身にフォローを入れなければ、先刻見たものに対し、気持ちが追い付かず精神が崩壊すると思った。
「あれがあのひと……遊んでる人だって…知ってるじゃない…」
初めて見た、シルバーが自分じゃない複数の女性を弄んでいる……そんな光景は、何をどうしたって衝撃的すぎた。
フィクションで目にする映像とはわけが違うというか、生々しさが尋常じゃなかったのだ。
女の艶っぽい声は、そんな声だというのにやたらと下品に感じたし、嫌がることなくあの男に喜んで抱かれていることそのものが名無しに動揺を誘う。
当然だろう。
自分は嫌々抱かれに行っていたのだから。
一度に複数相手にしても物怖じすることのないシルバーは、寝室の扉を開けて暫くは自分に気付くことはなかった。
それだけ、セックスに夢中だったのだろう。
行為そのものができれば、きっと、彼にとっては相手なんて誰でもいいのだ。
自分じゃなくても、快楽を味わうことが出来るのならば――。
「……ッ…」
肩で息をして、立ち止まった道端。
吐き気に混ざり名無しが懊悩したのは、シルバーの猛々しい姿を一瞬でも客観的に見てしまった所為だった。
彼があんな風に女を抱いているということは、あの風貌で、自分もまた同じことをされているということ。
伸ばした黒々しい、褐色肌が鷲掴んでいたのは他人の胸。
自分じゃなかった。
がっつくように腰を振り、突くのは見知らぬ他人の下半身。
自分じゃなかった。
「……う…」
「この世の終わりみてえな面だな」