rain of teardrop【黒バス/ジャバ】
第20章 in the maze
「……っ…」
鞄を持つ手が震え、部屋のなかへ進むことを本能が拒む。
会いにきただけ、抱かれに来ただけ……それが終われば、シャワーを浴びて帰るだけ。
寝室を覗くことを恐れながら、それでも、名無しはゆっくりと一歩を踏みしめた。
「……あ、の…!――ッ」
表現しようのなかった感情は、彼女の両肩にまるでずっしりと圧し掛かり、言葉を失わせる。
怖がりながら開けた寝室の扉を、開けるべきじゃなかったと思った瞬間には、目の前の事実が既に脳裏にべったりと焼き付いてゆく。
「……ッ…」
目にしたから何だと言うのだ、という自分への暗示すらかけられなかった。
あるいは少し前なら……たとえば出会ってしまった当初なら、唾棄すべきも同然の汚らわしい男なのだから、と――そう思えたのかもしれない。
衝動的に分かったのは三つの感情。
嫌厭と不快。
そして最後のひとつは、名無しが絶対に認めたくなかった嫉妬だ。
「――……ン…あァ……?……!!っな…」
「……――」
「おい、……名無し…?!」
自分に気付いたシルバーに名を呼ばれ、ハッとする。
名無しはその瞬間、ベッドに背を向け一目散に玄関へと向かい、彼の部屋をあとにした。
酷い息の乱れはまるで事後のよう……最中のようとさえどこかで感じながら。
目に焼きついて離れなかった光景は、シルバーがベッドの上で見知らぬ女性と……それも三人も。
一糸も纏わずに戯れていた姿だった。