第12章 思惑
同刻。
自分の御殿へと戻った光秀は、ある一人の客を、側近とともに出迎えていた。
「お待たせをして申し訳ない、七里殿。」
「いや。して---信長の方向はいかがかな?」
袈裟に身を包む七里の顔に、抜け目ない笑みが浮かぶ。
光秀は動じることなく、微笑で応じた。
「上杉武田との戦を前に、織田軍は内部の結束を高めているところです。」
「・・・・そうか。」
「”信長”の目は今、越後にのみむいております。」
「それは、私自ら安土に滞在し、肌で感じておるが---間違いないな?」
「はい。」
うなずく光秀を見据え、七里が笑みをふかした。
「明日、”信長”は足軽兵の訓練の視察に向かうことになっております。森を抜けたところにある平地へ、ほんの少数の家臣を連れて向かうとのこと・・・」
「・・・良いことを聞いた。わが頭領に急ぎ遣いを出そう。」
「でしたら、私の側近に向かわせましょう。---良いな、九兵衛。」
九兵衛と呼ばれた光秀の側近は、落ち着いた様子で七里に礼をする。
「なんなりとお申し付けください。決して、秘密は洩らしません。」
「・・・いや、そちらの手を煩わせることもなかろう。頭領への報告は、私の部下に任せる。」
「もしや、まだ我々を信用していただけないのですか?せっかくこうして、協定を結んだというのに。あなたが信長様の献上品に首尾よく毒針を仕込み、私にぬれぎぬを着せようとしたこと、お忘れか?」
「むろん覚えている。明智殿が、あの件を主導した私を見つけ出し、そのうえで・・・・”この罪をもみ消す代わりに、手を組みたい”と申し出たことも。」
「あの時、七里殿と話をして驚きました。毒針を仕込んだのみならず・・・本能寺で”信長”の首を狙ったのも、あなたの所属する、ある一派だったとは。」
懐かしむように、光秀がすっと目を細める。
「あの瞬間は喜びに打ち震えたものです。私と志を同じくする同志に出会えた、と。」