第10章 日常~2~
「フフ、注文通りだな。」
袖を通し、紅い帯をきっちり締めても肩が見え、胸元が開く様な形に仕立てられている。
そして、裾の部分には両側に深くスリットが入り、チャイナドレスのようになっていて足も動かしやすい。
「わー、想像以上に似合うね。」
「フフ、ありがとう。」
いつもより、柔らかい笑みを浮かべるなつに蜜姫まで嬉しそうな顔をした。
「直すところとか、大丈夫そう?」
「ああ、丁度いい。動きやすいし秀吉のやつに何を言われようと直す必要もないしな。」
「あ・・・それ、絶対秀吉さんから文句が来るやつじゃん!!」
「フフ、流しておけ。客の希望を叶えることがデザイナーの仕事だろう。」
なつは言いながら、金子の入った小さな巾着を蜜姫に渡す。
「謝礼だ。大して入ってはいないが、受けとれ。」
「え?!そんな、いいよ!!なつが私が仕立てが出来るって言ってくれたお陰で、他にも依頼が来るようになったんだし。」
「関係ない。蜜姫、仕事をしたんだ。受け取らないというなら、仕方ないがもう、お前には頼まん。」
「・・・ありがとう。」
「お礼を言うのは、私の方だ。大切にさせてもらう。」
そう言って、笑うなつに蜜姫はいつまでも嬉しそうに笑っていた。
それから翌日、秀吉の御殿を訪れると、その着物に驚かれたが、女中頭が部屋まで案内してくれた。
ん・・・?
襖が少し開いていて、中がのぞけた。
文机で書簡に目を通す傍ら、秀吉は煙管を手にしている。
紫煙がうっすら流れてきて、煙草の香りがかすかに鼻をかすめた。
「秀吉は煙草を吸うんだな・・・。気付かなかった。」
鼻は利くんだがな。本当に稀にしか吸わんのか・・・
「仕事の合間に、一人でいるときだけたしなまれるのですよ。では、どうぞごゆっくり。」
女中が立ち去ってからも、秀吉に魅入って、声を掛けれずにいた。
慣れた手つきで煙管を消す指先に、そこはかとない色気が漂う。
無造作に文をめくる真剣な横顔は、どことなく憂いを含んでいた。
いつもの顔からは想像出来なかったな。
私も、絶えず笑みを作っているから人のことは言えんが。
しかし、やはり疲れは出てきているようだな。
騒ぐ胸を抑え、なつは襖越しに声をかけた。