第9章 日常
「さて、もう出てきていいぞ」
「フフ、悪かった。」
笑みを浮かべ謝ると・・・
「こーら、なんて顔してるんだ。」
鼻の頭を、指でピンと弾かれた。
とうやら、いつものように笑えていなかったらしい。
困ったな。こんなことでは私も隠密失格だな。
内心苦笑するなつに秀吉は気付いていない。
「たまたま通りがかったんだろ?わざとじゃないってことはわかってる。こっちこそごめんな。変な話を聞かせちまった。」
「・・・いや。」
「謀反の嫌疑に重ねて、怪しい坊主を連れまわしてるせいで、光秀への反感が高まってるんだ。火消しに回って入るんだが、当の光秀が疑いを晴らそうともしてないし、当分は続くだろうな。」
腕組みする秀吉の眉間に、深いしわが刻まれる。
越後に大きな敵が潜んでいると発覚した直後で、城の内外が緊迫している。
過敏になっている状況での光秀の振る舞いが反感を募らせ、内部に波紋を呼んでいるのだろう。
「秀吉は、光秀が謀反を企んでないって信じてるんだな。」
「”信じてる”っていうわけじゃない。”頼むから俺にお前を信用させろ、と思ってる”ってのが正しいな。」
秀吉の苦笑いには、複雑な気持ちはにじみ出ているように見える。
「なつから見ても、あいつは怪しいだろ?」
「まあ、そうだな。だが・・・あいつは間違いなくこちら側の人間だ。」
秀吉「え・・・・・?」
「フフ、前にも言ったが、あいつと私は似ている。光秀はこちら側だよ。そうであると、私も願おう。」
「なつ・・・・」
かすかに目を見開いた後、秀吉のこわばった顔がくちゃっとほころんだ。
「その言葉、あのバカ野郎に聞かせてやりてえな。」
気づまりだった空気が、ふっと消えた。
「秀吉は・・・光秀を信じていたいんだろう?」
「っ・・・。兄貴の心を見抜くな、妹のくせに。」
照れてる・・・。図星だったか。
少し赤い耳を見ていたら、胸がきゅんとうずいた。
「-----ありがとな」
「なにが?」
「自分の考えをわかってくれるやつがいるだけで、心持が違うもんだ。」
「フフ、同感だが、私は考えを見抜かれるような立ち位置にはいたくないな。光秀と同じで。」