第9章 日常
翌日、城は上杉と武田の話でもちきりだった。
女中1「ねぇ、聞いた?あの越後の龍と甲斐の虎が生きてたそうよ。」
女中2「昨日は遅くまで軍議が開かれていたみたいだけど、いつごろ戦が始まるのかしら・・・」
廊下で痴れ違った女中たちの声が、耳に残る。
「----落ち着け、お前たち。ゆっくり話せ。」
この声は・・・
角を曲がったところで、秀吉の姿が目に入る。
深刻な顔の家臣たちが、秀吉さんの前で膝をついているのが目に入り角に身を隠すと・・・・
家臣1「これが落ち着いていられましょうか。光秀様には・・・もう我慢なりません!」
家臣2「安土にか戻ってきたと思えば、正体の知れぬ僧を引き入れ、あまつさえ町を案内して回っていたとか・・・・」
家臣3「光秀様を織田軍の陣営から外し、あの僧侶ともども即刻取り調べるべきです!」
家臣1「越後の挙兵に乗じてあの男、謀反を起こし気やもしれません。」
フフ、本当に光秀の立ち回りは巧いな。
いつでも、自分に疑いがかかるように動いているんだろう。
そうしておけば、敵の懐には入り込みやすい。
今後、必要になるかもしれない情報は手に入れておくに限る。
そんな思惑で聞いていれば、秀吉が、重々しい声でつぶやいた。
「あいつは・・・光秀は、そんな男じゃない。」
家臣たち「秀吉様・・・?」
「ともかく、だ。信玄と謙信って大敵を前に、うちわで揉めている場合じゃないだろう。あの男に実力があるのも確かだ。光秀の功績はお前たちも知ってるはずだ。」
畳みかけられた家臣たちは、はっとしたように押し黙る。
「そもそも、信長様が不必要な男を取り立ててそばに置くわけがない。光秀をむやみに疑うことは、御館様を疑うこと。そう思え。」
家臣1「・・・すみません、口が過ぎました。」
「いや。安土を案ずればこその進言だということはわかっている。」
家臣たち「秀吉様・・・」
「ま、愚痴くらいならいつでも聞く。光秀に腹が立ってるのは俺も同じだしな。」
苦笑して、秀吉は家臣たちの肩をポンとたたく。
表情を緩め、家臣たちは立ち去った。