第9章 日常
「七里殿、何をなさっているのです?」
「・・・!明智殿・・・・」
「光秀。」
七里の手が緩んだすきに、腕を振りほどき、光秀の背中に隠れた。
「・・・なぜ俺の陰に隠れる、なつ。」
「何故って、知らぬ人間につくよりマシだろう。」
相変わらず、笑みは消さないなつに光秀はため息を吐く。
「なつに、何か御用でも?」
「いや・・・・」
「あなたのような高僧にとって、この小娘が話し相手では、いささか面白みにかけるでしょう。丁度、七里殿を探していたところです。いかがですか、安土の町を案内しますよ。」
「それは・・・・ぜひお願いしたい。」
「ではまいりましょう。七里殿には、安土のことをよく知っていただきたいので。」
「・・・・・ええ。頼りにしております。」
「城に所要があるので先に行ってください。すぐに追いかけます。」
七里がうなずき、歩き去ると・・・・
光秀は私の方へ首だけくるりと向けた。
「二日続けてお前の顔を見るとは、ある意味、運が良いのかもしれないな。」
「第一声がそれか。・・・まあいい。それよりも、目を離すなよ。」
「・・・お前の洞察力には恐れ入る。だが、お前の兄がいつもそばにいるわけじゃない。せいぜい気を付けることだ。」
「兄って、秀吉か?」
「他に誰がいる?昨夜、とある筋からも聞いたぞ。”秀吉はなつを妹のようにかわいがっていて、勝手に菓子を食べさせると怒るほど過保護だ”と。」
「とある筋というか、それ、言ったの政宗だろ?」
「政宗だけじゃない、家康や三成も似たようなことを言っていた。お前は秀吉にずいぶん気に入られたみたいだな。その手管、見習いたいものだ。」
「大いに見習え。」
「・・・威勢が良いのは結構だが・・・お前に一つ、忠告がある。」
ふと身を屈め、光秀の吐く息がなつの耳に触れた。