第9章 日常
ん?・・・
翌日の昼下がり、城下へ下りようとしていたなつは城門を出たところで足を止めた。
あれは・・・フフ・・・
なつの視線の先には、城門の周辺をうろうろしつつ、物珍しげに城壁を見つめている七里の姿があった。
光秀め。あまりフラフラさせていると厄介事が起こる可能性を分かっているのか・・・
視線を送っていると、ふと、七里もなつに目を向けた。
「こんにちは。」
妖艶に微笑んでやれば、向こうも笑みを返してきた。
「これはこれは、昨日のお嬢さんか。なつさん、といったかな?」
「ああ。」
「なんでも・・・織田信長の、お気に入りだとか。」
「フフ、ああ、そんな風に言われているな。」
「ほう・・・。随分と、織田信長と、仲が良いとみえる。」
七里さんが”織田信長”といった瞬間、声が低くなり少し掠れて聞こえた。
まるで感情的になるのを抑えてるみたいに。
フフ、感情もまともに隠せないとは。これでは隠密にはなりきれんな。
「織田信長の話をもっと聞きたいものだ。どうだね、ゆっくり話をしよう。」
「悪いが、これから人と約束がある。」
言って、横を通り過ぎようとすれば、
「待て」
手首を強い力でつかまれる。
「離せ。」
「おとなしく言うことを聞け。でなくば仏罰が当たるぞ。」
七里の言葉に、なつは内心笑いを堪えるので必死だった。
七里の口元は笑っているのに、目が笑っていない。
クク・・・こいつに知られているのが、私で良かったな。
これが蜜姫の方なら簡単に人質だ。
なつは笑みを消さず、近づいてくる足音に、これ以上のやり取りは必要ないと判断した。