第9章 日常
「冗談はいい。それより・・・」
秀吉が一歩深く、光秀の方へと踏み込む。
厳しさを増した眼光が、笑い交じりの瞳を捕らえた。
「今の今まで安土を離れてどこへ行っていた?」
「それは、自分の領地へ帰っていただけだ。道中、立派な高僧と出会ったので信長様にご紹介しようと戻ってきた。」
「畏れ多いことです。」
光秀と連れ立って歩いてきた僧侶が、柔和な顔つきで頭を下げる。
フフ、こいつが要か。まあ、この男の前では軟な女を演じておいたほうが今後の為になりそうだ。
「お前のことだ。どこまでが事実か知りようもない。よくぬけぬけと、謀反の嫌疑も晴れてないってのに。」
ん?晴れてなかったか?ああ、まあ光秀の領地経由の毒物問題が残っていたか。
笑う光秀を見据えてる秀吉の瞳は、怒りをにじませていて険しい。
「それにしても、お前が俺の心配をしてくれていたとはな。感動で胸が打ち震えたぞ。」
「わざとらしい顔やはめろ。寒気がする。」
「・・・・・明智殿、私はお邪魔なようなので、ここで失礼いたしましょう。」
「これは申し訳ないことをしました。七里殿。宿まで私が案内いたします。」
「そうかね?かたじけない。」
七里と呼ばれたお坊さんは、やんわりとほほ笑んで頷いた。
「では、俺はこれで失礼する。なつ、秀吉にしっかりと面倒を見てもらうといい。良い兄ができてよかったな。」
「自分のことは自分で出来る。ああ、欲しいなら、譲ってやる。」
「いらん。」
「いや、お前の面倒は俺が見る。と言うか、譲るってどういう意味だ!」
真顔で言い切る秀吉に、鼓動が騒ぎ出すが気付かないふりをする。
「なるほど、親バカならぬ兄馬鹿か。そのまま二人で仲良くしていろ。ではな。」
「待て、話は終わってないぞ、光秀。」
「俺は終わった。」
光秀が淡泊に告げ、歩き出す。
秀吉の険しい視線を浴びながら、僧侶と連れ立って行ってしまった。