第9章 日常
安土城にたどり着く頃、空は茜色に染まり始めていた。
「秀吉、いい加減自分で持つから返せ。」
「気にするな。俺がしたいだけだ。」
「はぁ・・・ありがとう。」
「ため息は余計だ!」
秀吉はなつの買ったお土産を片手で軽々と荷物を持ち、空いている方の手でなつの頭を少し乱雑になでる。
秀吉の夕日に映える笑顔に、なつは自身の心が秀吉に惹かれているのを自覚する。
影を持つ太陽みたいだな。
「どうした?」
「・・・何でもない。」
「その小娘にすっかり篭絡されたようだな、秀吉。」
「・・・・・!」
「光秀。先ほどぶりだな。」
振り返ると、こちらに歩み寄ってくる光秀の姿があった。
その隣にもう一つ、袈裟をまとったお坊さんの影がある。
ほう・・・いよいよことが進むな。
光秀の笑みに、なつも人知れず笑みを深める。
「久々に顔を見せたと思ったら、挨拶がそれか。とことん無礼な男だな。」
笑顔を霧消させ、秀吉の表情はこわばっていく。
光秀は気にした様子もなく、微笑を浮かべ秀吉となつを交互にみた。
「無礼、か。俺は、目にしたことへの感想を述べたまでだがな。」
「そんなわけないだろう。」
「なつの言う通りだ。タチの悪いからかいはやめろ。敵だと思った詫びもかねて、今後はなつの兄役を務めることにしただけだ。」
「ほう、兄と妹か。母と子の間違いじゃないのか?」
母と子って・・・
笑い飛ばしてやろうかと口を開いたとき、冷ややかな声が遮る。
「冗談はいい。それより・・・」
秀吉が、一歩深く、光秀の方へと踏み込む。
厳しさを増した眼光が、笑い交じりの瞳を捕らえた。