第9章 だから人生は素晴らしい
掌から伝わる温度
恋焦がれた優しい感覚
込み上げる想いはあの頃より大きくなった
話したいことは溢れる程あったはずなのに
くだらないことしか思いつかない
「……駅から離れてるよ。
エレベーターもないような古いアパートだし」
「……壁も薄いの。隣のレンジの音聞こえてくんだから」
「シャワーのお湯もさ、いきなり水に変わっちゃうの」
「あとは、えっと……なんだっけ……」
ずっと気を張ってた
張り詰めた糸が途端に緩む
強くならなきゃって、頑張ってきたつもりだったけど
しょーちゃんにはどう映ってる?
なんだか自信ないや
こんな俺に、しょーちゃんはがっかりしない?
「なんだっていいよ。お前がいるなら。
なぁ、マサキ。
お前、オムレツ作れる?
すげぇ食いたい俺」
「……っ
作れるよ。何個だって!」
「そんな食えねぇよ」
泣き笑いした俺に
掴んだ腕を引き寄せ、しょーちゃんが抱きしめてくれた
一瞬、此処が外だって頭に過ぎったけど、
しょーちゃん匂いを胸いっぱい吸い込んだら
また涙が溢れてきて
そんなことどうでもよくなった
楽しいことばかりじゃなかった
辛いことも沢山
それでも、
こうして大好きなひとの存在だけで
生きてられるって思える
きっとこの人と幸せになる為に俺は存在してた
いつか聞いた、人生はプラスマイナスゼロで
幸せも不幸も平等だって
神様なんかいないって思ってても
何処かで存在を信じてて
踠いて踠いて
幸せになりたいって……ホントは願ってて
でも今なら、素直に思える
どんなどん底だって
生きてりゃどうにかなるんだ
いつか、きっと……
「帰ろう」
「うん…っ」
唯一の存在が、
ぬくもりが、
すべてをゼロにしてくれる
広い世界、終わりまで一緒にいよう
きっとふたりならなんだって乗り越えられる
ね?そう思うでしょ
ほらね
だから、
人生は素晴らしい。
end