第9章 だから人生は素晴らしい
久しぶりに残業がなくって
昨日までの疲れが嘘みたいに、自然と足取りも軽やかになる
アパートまでの帰り道、ふと頭に過ぎった
お腹も空いたし、冷蔵庫の中身を思い出して
食べて帰るのが1番だって思う
いつもと違う道を歩いて、懐かしいあの店に向かった
どこにでもあるチェーン店だけど、俺にとっては特別な場所だ
それなりに混んだ店内
仕事帰りのサラリーマンや学生で賑わってる
促されたカウンターは、偶然にもあの日座った席で
たったそれだけの偶然で、来て良かったと思う
あの日、俺がこの店に入ってなかったら
きちんとお金を持ってたら
しょーちゃんとあんな風に出会うことなかったんだよね
目の前に置かれたトレーの上の牛丼
ひとくち口に含んで、しょーちゃんが座ってた席を眺めた
サラリーマンは普通に沢山いるけどさ
やっぱりしょーちゃんは特別、だったなぁ
すげぇ、かっこよかったし目立ってたもん
なのに、ほっぺたリスみたいに膨らませて可笑しかった
美味そうに食うなって、可愛いなって
なんて……
ずいぶん遠い昔のことみたいに感じる
止めてた箸を進めて、一気に掻き込んだ
長居しちゃったら感傷的になっちゃう
気ぃ抜いちゃだめだ
早々に店を後にして、ゆっくり帰り道を歩きながら
直ぐにあの日が蘇る
月夜の晩
冷たい空気に晒されて
ここでダンボール拾って、公園に向かったっけ
今思えば、そんな生活さえ愛しく思える
「会いたいな……」
意識して出さないようにしてた言葉が零れた
飲食街を抜け、人の疎らな道を歩いてると
不意に響いた声
聞き覚えのある声に、息が止まるかと思った