第9章 だから人生は素晴らしい
「嘘だ……そんなわけないっ…しょーちゃんっ!
ねぇ!冗談だよね!?」
色のない目をしていたしょーちゃんは、
途端に嫌悪感を剥き出しにして、俺の手を払い除ける。
「…何なんだよ……お前……」
行き場を無くした俺の手は、動揺を隠せず小さく震え出す。
一瞬触れた温もりは直ぐに消えてしまった。
「後頭部を強く打ったせいじゃないかしら……
怪我をした理由も、貴方の事を話しても何の反応もないの」
しょーちゃんに寄り添う彼女は、当たり前に隣に立って
恰もそれが自然であるかのように振る舞う。
「貴女の事は覚えてるの……?」
「私?
婚約者だもの。忘れてたって
これからずっと一緒にいたらいいだけよ」
世間的に認められた関係
俺には許されない場所
それでも、其処にいるのは俺だ。
「そんなの許さない。
俺といたらしょーちゃんは思い出してくれる!
帰ろう!」
「ちょっと!貴方何を言ってるの!?
誰か!来て!!」
幾ら叫んでも
愛しいその人は眉を顰め、顔を背ける
決して、その瞳に俺を映してくれない
「離せっ!
やだ!しょーちゃん!!しょーちゃん!!」
駆け込んで来た警備員に取り押さえられても
夢中で叫んで抵抗して
ただ、その名前を呼び続けた
「しょーちゃんっ!!!」
嗚咽と涙で霞んだ視界の中
鬱陶しそうに、漸く向けられた眼差しは、僅かな希望を簡単に打ち砕く
「いい加減にしてくれないかな。
目覚めたらこんな怪我はしてるし
ずっと質問攻めだ。お前の事なんか知らない」
「嘘だ。しょーちゃんが俺のこと忘れるわけない!」
「頼むわ。
騒がしいのは沢山だ」
「しょーちゃん!どうして!?約束したよね!
ずっと一緒にいようって!」
「…俺が?冗談だろ」
「……なんで…っそんな事言うの…」
「ハァ……?
仮に…お前の言うことがホントだったとしても、俺は何も覚えてない。
俺のことは忘れてよ。
何もかもお互い知らなかった頃に戻ろう。
コレでいいだろ?」
「しつこいわね。
貴方が詫びたいって言うから面会を許可したの。
もう邪魔はしないで」
両脇を捕らえられ病室の外に出されると
閉ざされた扉はもう、開く事はなかった。