第8章 ハリボテノシロ
「うまそー
完成っと」
しょーちゃんの好物ばかりを並べた食卓
グラスも冷やしておいたし、帰ってきたら直ぐに乾杯出来る。
腰に巻いてたエプロンを外して、ソファーに投げ出すと
ガタガタ音を立てる窓際に立って、外を眺めた。
硝子に次々と模様を作る雨の粒。
雨脚はどんどん強くなってて、心配になる。
1番近いコンビニでも往復20分くらい?
ビールを買いに行っただけなのに……
遅すぎるよね?
まさか………しょーちゃんに何か……
考え過ぎかな。もう帰ってくるかな。
しょーちゃんのことだから、
お前食うだろって、沢山おつまみ選んでくれてるのかも知れない。
うん。そうだよ。きっとそう。
落ち着け、冷静になれって、必死に自分に言い聞かせる。
だけど、耳に響いた救急車の音に
居てもたってもいられなくて
傘も持たず、玄関を飛び出した。
家の前の通りを曲がった路地
響くサイレン
雨の中数人の人影が見えて
大きくなる鼓動と焦り
いつもは薄暗い路地を、赤色のランプが不気味に照らす。
人の隙間から見えた腕
見覚えのある迷彩のパーカー
「……っ!しょーちゃ……っ!!」
担架に乗せられたしょーちゃんは
血だらけで……雨でびしょ濡れで……
「……この人の知り合いですか?」
「はいっ」
救急車の中
痛いのも苦しいのもしょーちゃんの方なのに、涙が止まらなくて。
「しょーちゃ、ごめんね。ごめんね」
俺がビール買い忘れたりするから。俺が買いに行けば良かった。
血と泥で汚れた掌をいくら握っても、いつもみたいに握り返してくれない。
いくら呼んだって、俺の目を見て応えてくれない。
「ど……して………しょーちゃんが……っ」
病院に着いて
手術室に運ばれたしょーちゃんを、ただ待つしか出来なくて……
どれくらい経ったんだろう。
手術室からしょーちゃんが出てきた時には、窓の外はすっかり明るくなっていて。
いつの間にか上がった雨は、水色の空を連れてくる。
俺の心とは裏腹に、果てしなく澄んでいた。