第8章 ハリボテノシロ
.
ドアが閉まる前にマサキさんに背中を向けて、足早に歩き出した。
錆びた鉄製の階段にヒールが煩く響く。
最後になるのかな……
サヨナラを告げた瞬間でさえ、そんな風に思ってしまう。
大好きなひと。
初めて恋したひと。
自分よりも幸せになって欲しいと、心から願えるひと。
「……ッ、はぁ、……っ」
視界が霞んで、
色褪せた世界が目の前に映し出される。
喉奥から込み上げる嗚咽で、上手く息が出来ない。
胸元を掌で押さえて
思わずしゃがみこんだ路地の端で
瞼の裏に浮かぶのは
恋い焦がれた太陽みたいな笑顔。
大好き。
大好き。
ずっと側で見ていたい。
私の名前を呼んで欲しい。
綺麗なその指で触れて欲しい。
その優しい瞳に私だけを映して欲しい。
もう決して叶うことがないのなら
………どうか、どうか、
私の決断が間違ってなかったと笑えるよう
誰よりも幸せになって下さい。
茜色の混じった水色の空は
すっかりグレーを帯びていて
霞んだ視界は古い映画みたいに、どこか切なげで物寂しくて
ヒロイン気取った自分が他人事みたいで
可笑しくてまた、泣けた。