第8章 ハリボテノシロ
「コーヒーでいい?」
「ありがとうございます」
マサキさんは笑顔を向けてくれるけど、やっぱりぎこちない。
本当は、私は此処に来るべきじゃないってわかってる。
……わかってるのに、こんな理由で訪れてるにも関わらず、
会えて喜んでる自分の浅ましさに嫌気が差す。
「はい、どうぞ」
マグカップをテーブルに置いて、そのまま私の向かい側に座る。
黒い瞳は、躊躇いながらも私を見つめたままで
気まずさから目を逸らし、自然と言葉が零れてた。
「驚きましたよね。いきなりやって来たりしたら
ここにいるって知って…そしたらいても立ってもいられなくなって…」
「突然だったもんね。いなくなったの…
心配させちゃってごめんね」
「そんな、謝ったりしないで下さい」
「…うん」
無理矢理にでも、笑ってくれる優しさ。
好きだから、どんな事をしても手に入れたいって気持ちがわからないわけじゃない。
だけど、このひとの優しい瞳や笑顔を曇らせるなんて、
やっぱり私には出来ないと思う。
「今日は私。
マサキさんに会いに来たんです」
「……」
「お兄ちゃんの事も、もちろん心配してます。
だけど、マサキさんに会いたくて来たんです」
狡いってわかってるのに、溢れる涙を止めることが出来ない。
俯いた視線の先、マサキさんがぎゅっと掌を握り締めたのが見えた。
後悔だけはしたくない。
初恋を思い出したくない過去になんかしたくない。
膝に抱えたままの鞄の奥から、白い粉末の入った小さな袋を取り出す。
そっと開いて、それを、入れてくれたコーヒーに入れた。
「……それ?」
「これ、睡眠薬なんです。かなりキツめの」
「え」
「マサキさんに飲ませて、眠らせて
その間にソウイウコトがあった事にしようって……」
「どういうこと……?」
「私、マサキさんを好きな気持ち、
今も変わってません。
だから、お願いします。逃げて下さい。
何処かもっと遠くに」
「…誰かに……頼まれたの?」
「マサキさんを騙そうとしました。
でも、やっぱり無理……だからお願いします」
顔を覗き込んできたマサキさんの顔を見ることは出来なくて
その場で、ただ頭を下げた。