第7章 願うのはひとつ
秘書に通された部屋のドアの前
ひとつ深呼吸をして、ノックすると
入りなさい、と低い声が直ぐに返ってくる。
掌にぎゅっと力を込め、そのドアを開けた。
「お忙しい所押し掛けてすみません」
「仕事はどうした?わざわざ何の用だ」
書類に視線を落としたまま、俺の方を一度も見ない。
何らかの話が耳に入ってるはずなのに…
居心地の悪い重い空気が肩に伸し掛る。
幼い頃から感じていた、寄り付きにくい威圧感。
あの節くれた手で頭を撫でて貰った記憶なんてない。
「藤堂さんから、何も聞いてませんか?
昨日、結婚を取り止めたいと僕の方から申しました」
握っていたペンの動きを止め、やっと視線を合わせた父親は、
小さく息を吐くと、低い声のまま話し出す。
「勝手なことを…お前は何を考えてそんなことをした?
許されないことくらいわかってるだろう」
「わかってます。
だから、こうして会いに来たんです」
はっきりと目を見て言い切った俺から視線を逸らさず、
睨み合うような形になる。
「お前は何がしたい?」
「これから決めます。
もう、貴方の言いなりにはならない」
「…あの男か。
随分仲良くしているようじゃないか」
蔑むように口元が微かに緩む。
やはり、全て調べられて監視されてたのだと知った。
冷めてく熱で感情は冷静さを取り戻す。
俺の選択は間違ってない。
「よくご存知のようですね。
それなら話は早い。“そういうこと”ですので、
藤堂さんとは結婚出来ません」
「それでどうなるかわかって
お前は私に会いに来たのか」
「良くわかってますよ。
今までお世話になりました。
育てて下さりありがとうございました」
「お前は恩を仇で返すのか。
こんなしょうもない理由で裏切られるとは思ってもなかったよ。
もう少し賢いと思っていたがね」
「期待に応えられずすみません」
降ってきた言葉に淡々と応え、その視線から目を逸した。
怒りとも蔑みとも取れる表情は、俺の心を解放した。
この人に軽蔑され、見捨てられた今こそ
俺はやっと自由になれる。
いつか微笑んで、
抱き締めてくれるのでないか。
…その為だけに、
いい子を演じてきた俺はもう、何処にもいない。