第6章 『心得』
「桜子様、今宵は正装で御館様方と夕餉を摂るようにとの指示を受けましたので御支度を」
信玄様から話を聞いた日から四日目の夕方。
それまで私は外には出ず部屋まで食事を運んで貰い、一人きりで籠っていた。
「多江、三津、着付けならもう手伝わなくていいよ。用意出来たら行くから」
二人を戻し、部屋着を脱ぐと着物を肩に掛けた。
毎日外出するにあたって着続けていた成果か、綺麗に整えられるようになっていたのだ。
「………………………」
この四日間何も手がつかず、とうとう明日に迫った戦。
キュッと帯を締め終えると生地の皺を伸ばし、重い足取りで廊下へ踏み出した。
前夜だからなのか、それとも何日も前からこうしているのかーーーーーーーーーーー
広間には通常の面々だけではなく多くの家臣達も座っていた。
いつもは質素なはずが今日は大量の米、海や山の幸が豪勢に並べられていた
「懲りない負け犬共だ。一網打尽にしてくれるわ!」
「二度と歯向かえないように目にものを見せてやろう」
興奮気味に息巻く者や武将達に腰を低く酌をする者。
信玄様は変わらず柔らかな笑みを浮かべているし、謙信様はずっと刀の刃を指でなぞっていて、待ちきれないと言わんばかりだ。
ひと口、ひと口と出された料理を口に運んでみる。
ーーーーーーーー味が感じられない
咀嚼したそれを飲み込むのが苦痛で、喉のつかえを酒で一気に流した。
明日、戦の地に赴く人々はこれが最期の晩餐になるかもしれないのだ。
それだというのに高揚し沸き立つ様に違和感を覚えた
平和な現代で生きてきた私にはあまりにも非現実的で……………………………
佐助は慣れてしまっているのか冷静だし、幸は家臣から言葉を掛けられ自信に満ちた表情で答えている。
幸………………
あなただって、もしかしたら…………………
もしかしたら
「……………………っ」
座布団から立ち出ていこうとすると信玄から声を掛けられたが桜子は構わず広間から抜けた