第25章 『美学』
足を引き摺り、表情を苦痛に歪める伊達ーーー
右側の腕から手首に向かって血が伝い、袖はじっとりと色濃く染まっている。
「……っ、その怪我……」
「私がしっかりしていれば政宗様はこんな事に……不覚でした……っ
どうか早急に手当てをお願いします!」
顔面蒼白で必死に助けを乞うのは、伊達に最も近い存在である家臣ーーー確か、与次郎という名の男。
前線で共に戦っていたところ、与次郎を庇った伊達は敵兵から狙撃されてしまったという。
茣蓙の上に寝かせ破損した甲冑を取り外すと、上腕部の痛々しい傷口が露わになり、赤い鮮血にまみれていた。
慌てて手当てを急ぐ。
「大袈裟に騒ぐなよ与次郎、ただ掠っただけだ。
………っっ!」
消毒が滲みるのか肩が大きく跳ね、額には脂汗が滲んでいる。
馬から滑り落ちた際に痛めたという足は、見た目には異常は無いものの決して楽観視は出来ない。
「こんな掠り傷、どうって事ねぇ。止血が終わったらすぐ行く」
「無理だ」
「心配すんな、秀吉。大丈夫だ」
「………政宗。
掠っただけ…とはいえ、その損傷状態じゃ戦うのは無理だ。自分が一番よく分かってるだろ?」
「………」
銃弾を受けたのは、よりによって利き腕………
例え左腕で刀を掲げ挑んだとしても、激しい動きに耐えられず傷口が広がるかもしれない。
現代とは違い輸血なんて不可能なこの時代、多量の出血は命取りだ。
ぎゅっと唇を噛み締めた伊達は
沈黙のあと、冷静な口調で二人に告げた。
「分かったから早く陣地に戻れ。
与次郎、お前もだ」
「………やけに大人しく受け入れたな。
よし、後の事は俺達に任せろ。暫くここで安静にしてるんだぞ」
「ああ」
何度もこちらを振り返る与次郎を連れ、天幕から出て行く秀吉ーーー
地を蹴る馬の蹄の音はだんだん遠ざかっていき、やがて喧騒の渦の中へ消えた。
程なくして、
患部に包帯を巻き終わりひと通りの処置を済ませた私は、ふうっと深く息を吐き……
汗を拭いてやらねばと、替えの手拭いを求めて腰を上げる。
すると、次の瞬間。
瞑っていた隻眼を開けた伊達は、
機を伺っていたかのようにむくりと上体を起こした。