第25章 『美学』
「よかろう、勝てばいいのだな。易い条件だ」
「易い?相当自信あんだね、あんた」
「無論。自信すら持てない惰弱な者など、戦わずとも負け犬同然」
笑みを浮かべたまま迷い無く答えるその佇まいは、言葉通り自信と余裕に満ちている。
決して戦を軽んじてる訳ではなく、これまで数多の経験や実績を培ってきたからこそ言えるのだろう。
流石天下統一を目指す男だと感心するものの、こいつを目の前にするとどうしても反発意欲が湧いてくる。
「忠告しておくけど……
あんたの首を狙っているのは、敵の奴等だけじゃないからね。
私、武器の扱い方すご〜く上達したの。背後に気を付けた方がいいかもよ」
「ふっ、狙っていても仕留めなければ意味が無い。
いくら武力が上達したとて、自惚れは命取りになる。上には上が居るという事を確と心得ておくがいい」
薄ら笑いつつ、相手から視線を逸らさずに。
互いに引く事なく皮肉を込めたやり取りを続けていると……
オロオロと様子を見守っていた姉は、ついに耐え切れなくなったようで。
「ほ…ほらっ信長様、出立の準備急ぎましょう。秀吉さんがあっちで指示待ってますよ!行ってあげないと」
「む、……」
出立前の大事な時間。いい加減この場を収めたかったのだろう。
織田の背中を無理矢理押し、渋々立ち去る後姿を見届けたあと。姉は困った表情でこちらを振り返った。
「こらっ、もう威嚇するのやめなさい」
「仕様が無いじゃない、あいつが私の闘争心を煽ってくるんだから」
「もう……。
あ、そうだ。これ」
手渡されたのは、御守。
綺麗な刺繍が為されたそれは、布地も糸も私の好きな色だった。
「信長様だけに作ったと思ったんでしょ?
ちゃんと蓮のぶんもあるの。だから不貞腐れちゃ駄目よ」
「…は?変な勘違いしないでよね」
「ふふっ、昔から分かりやすいんだから。
皆がついてるから大丈夫だろうけど、気を付けて行ってきてね」
バツが悪くなり、素っ気無い返事と同時に踵を返した私は。
人の合間を縫うように、ぶつくさと文句を垂れながら騎乗する馬の元へと早足で戻る。
ーーーまったく、いつまでも子ども扱いして。
たかが御守くらいで嫉妬なんかしてないし!
「……フン」
馬のそばで立ち止まり、手の中にあるそれをしばらく睨みつけ……
密かにネックレスの鎖に結んだ。