第24章 『融氷』
散々笑いつくし、
着物を整えた蓮は。
湯呑に残っていた茶を啜ったあと、流れるような所作で静かに立ち上がった。
「おい、まだ話は……」
「熱弁はもう充分聞いたから。
とりあえず今日の一件は私の方に非があるってこと、認めてあげる。笑えるハプニングに免じて」
さては思い出しているのだろう、
ぷぷっと鼻で笑いをこぼし襖へと歩いていく。
いくら説教したところで、人間は簡単に性分を変えられない。
けれど少しずつでも構わない、良い方向へ向かってくれればーーーと。
そう願いながら、彼女の後ろ姿を見つめていた。
……しかし、
はぷにんぐ、とはどういう意味だ?
「お〜い!頃合いだぞ、秀吉様っ!
……って、蓮も居たのか」
謎の言葉が気になり首を傾げていると、
襖を開く音と共に元気の良い幼声が室内に入ってきた。
現れたのは、藤吉だ。
丁度退出しようとしていた蓮と鉢合わせになっている。
「これから秀吉様に剣術の稽古をつけて貰うんだ。蓮も一緒にやろーぜ、経験者だろ?」
「ん〜、混ざりたいところだけどまた今度ね。
これから夕餉の支度があるからさ。ほら、十日に一度のご馳走作り。
今日も豪勢にするから楽しみにしててよ」
「………そーかよ。わかった」
ご馳走という言葉には興味を示すこと無く、
がっかりと声音を低く落とす藤吉。
宥めるようにその小さな頭を撫でた蓮は、部屋を出ていく間際ふいにこちらを振り返り、
「またね、秀吉!」
そう短い挨拶を投げ掛けると
軽やかな足取りで廊下へ消えていった。
陰の気を含む湿った笑みではなく、
カラリと明るい、素直な笑顔で。
姿無き後も留まっている残り香、
畳に転がったままの紅がついた煙管ーーー
下の名で呼ばれたことに気が付いたのは、
ニ、三拍置いたあとだった。