第24章 『融氷』
「あははっ、鳥が怖いの?
大丈夫だって。ほら」
なんとも優しげな物言いーーー
本当に本人なのかと疑わしさを抱くほど。
何だ?
一体どうしたというのか。
寸止めになっていた指を伸ばし静かに襖を引けば、僅かな隙間から明るい西日が差し込んできて……
そろりと室内を伺ってみた。
部屋の奥ーーー開け放たれているのは、外界に面した障子。その向こうには、腕の中にウリを抱いた襦袢姿の蓮が庭先に降り立っていた。
日の光に照らされた布地はひときわ白く映え、水分を含んた艷やかな黒髪が風にそよいでいる。
しなやかで細い肩に止まっているのは、一羽の小さな野鳥。
ウリは警戒しながらも恐る恐る羽に触ろうとしていて、その様子を見つめる彼女の表情はとても穏やかで、柔らかく・・・・
微笑っていたんだ。
「………、」
何と声を掛ければいいのかーーー
時が止まったかの如く立ちすくんでいたが我に返り、間を置いたあと一歩中へ踏み出した。
すると、
野鳥が飛び立ったと同時に気配に勘付いた蓮は振り向くや否や口角をスッと下げ、縁側で草履を脱ぎ捨てると気怠げに畳へ乗り上げてきた。
「は〜ぁ…鬱陶しいったらないわ、この猿。
はい、返す」
冷ややかな態度とは裏腹にまるで大事なものを扱うような動作でウリを突き返され………
受け止めた俺は、彼女の急な変貌ぶりにポカンと拍子抜けしていた。
「だいたいなんでこんなもん飼ってんのよ。あんた猿回しでもやってんの?」
・・・・あれ
「猿だの虎だの鹿だの……なんなのここは。
動物園じゃあるまいし」
もしかして・・・・・
「その辺うろつかれちゃ迷惑なんだけど。ちゃんと管理できてる訳?
………そうだ、仕方無いから私がこいつを躾けてあげようか?もしも粗相なんかされたら困るからね。汚いし臭いしさ」
そうか、へーえ。
なるほどなるほど。
「ちょっと、聞いてんの!?」
苛つきを露わに、至近距離で睨みを利かせる蓮ーーー
刺々しい数々の言葉の裏に隠された真意を悟った俺は、思わず盛大に吹き出してしまった。