第24章 『融氷』
「はいはい、そこまでだ」
鼻につくほど穏やかな声音。
目線より少し高い位置には、白毛の衿飾りが揺れている。
主に薄緑色と赤色が配色された、独特なデザインの着物を纏う広い背中ーーー
なんで、よりによって。
ここに苛々の原因がいるんだ。
「秀吉様……っ!?」
高々と上げた女の手が、宙で停止した。
突然、私達の間に割って入ったきた男ーーー豊臣秀吉の姿に驚き、ゆるゆると手を下ろす。
「わ、私……
あの…その………」
女は気まずそうに歯切れ悪く、言い訳を模索している。まさか庶民の色恋沙汰に武将が介入してくるとは思わなかったのだろう。
しかも、町民にとって絶対的な存在である織田信長の重臣だ。狼狽えるのも無理はない。
「なんとなくだが事情は察した。
礼儀知らずなうちの女中が粗相をしでかしたみたいだな。済まない」
「そんな……秀吉様が謝ることでは……」
「いーや、こっちの監督不行届きだ。
俺の方から後できつく灸を据えておく。今回はどうか勘弁してやってくれないか」
「………っ、」
普段から大層人望が厚いのか、それとも人誑し所以の為せる業なのか。
あれほど激昂していたはずの女は次第に落ち着きを取り戻し、渋々ながらも豊臣の申し出を聞き入れている。
二人がやり取りをしている後ろでただただ突っ立っていただけの私はこの煩わしい展開に辟易し、くるりと踵を返して帰路を歩き出した。
するとーーー
無事、女と話がついたのであろう豊臣が追ってくる足音が近付いてくる。
来た来た。
まずはお得意の説教から始まるんでしょ。
うんざりだよ。
最近ろくに話し掛けてこなかった癖に。
苛々が加速していき、
ついてくるな、と振り向きざまに言い掛けた………時。
頭の上に、ふわりと何かが被せられた。
「濡れたままじゃ、風邪ひくぞ」