第24章 『融氷』
「この泥棒猫!!」
突如、浴びせられたのは
ヒステリックな叫び声と、水。
顔面めがけてぶち撒けられ、飛沫が勢い良く周囲に飛び散った。
通行人が足を止め、ざわつく中。
水をかけられた瞬間咄嗟に俯いた私はそのまま数秒間、着物の裾や髪の毛先から雫が垂れてポタポタと地面へ落下する様子を見つめていた。
・・・・・
冷たーーー………
泥棒猫、って………
なにその古臭い言い方。
ああ………そっか。
ここは戦国時代だったっけ。
「あなたでしょ、うちの人に手ぇ出したのは!」
水分でベタついた前髪を掻き上げ、声の主を一瞥してみると。
空になった桶を手に持ち、長屋の玄関先で佇むひとりの女ーーー
歳は二十代後半くらいだろうか。
眉と目を鋭く釣り上げ、凄まじい形相をしている。
「私、こないだ見たんだから!亭主とあんたが宿へ入っていくところ……」
「宿?ああ……」
以前城下町にて、藤吉が盗みを働いた際に出会った男のことだと思い当たる。
妾にならないかと何度も頼まれたが、当然断り続け………
数回遊んだのち、それっきりだった。
まさか正妻に目撃されていたとはね。
「うちの亭主は女遊びするような人じゃないのに……あんたがたぶらかしたに決まってる!よくも………っ
二度と近付かないで頂戴!」
怒りのあまり身体を震わせ、語気を荒げるその女は今にも掴み掛かってきそうな雰囲気だ。
ーーー女遊びするような人じゃない、ねぇ。
男って生き物をまるで分かっちゃいない。
いくら信じたって結局は裏切られるんだよ、そうやって。
身に沁みて分かったでしょ?
「言っとくけど、誘ってきたのはあんたの旦那だよ」
「なっ……」
「安心してよ、もう飽きたし。
だいたいさぁ、執着する価値無いでしょあんな男に。そろそろ別れたら?」
「………っっ、
阿婆擦れがっ………!!」
虫の居所が悪かったせいもあり。
相手の怒りを煽るような口調で言い連ねる私は、とんでもなく嫌な女に映っているのだろう。
振り上げた掌がこちらへ向かってくるーーー
刹那。
見知った着物が、目の前に現れた。