第5章 『抑圧』
彼ーーーーー 真田光太郎に出会ったのは高校一年生の春だった。
『木下って可愛いね。俺の彼女にならない?』
『……………………は?』
高校生活一日目、開口一番。
まだ一度も喋ったこともないヘラヘラ笑う男が教室で声をかけてきた。
(チャラい…………)
第一印象は、最悪だった。
でも名前を聞くとすぐにピンときた。
全国中学剣道大会の会場で、“あの真田幸村の子孫が出てる”と周りが騒いでいたからだ。
その血筋に恥じぬ、向かうところ敵無しで個人戦優勝を果たしていた。
『じゃあ、私に勝ったら付き合ってあげてもいいよ』
入学式から一ヶ月間しつこく追い回してくる彼に痺れを切らし、思わずそう言った。
『………悔しい………っ』
剣道部の空き時間。
私は、彼に負けた。
『俺に勝てる訳ねーだろ、木下』
ベソをかいてる私にタオルをかけ、勝ち誇った顔で笑った。
『じゃ、付き合おっか。』
これが、始まりだった。
『へー。桜子、結局付き合う事になったんだ。…………真田って女のシュミ悪』
『あんたねぇ…………ま、でもあんなチャラ男すぐに浮気に走るタイプだろーから、すぐ別れるって~。』
同じクラスの蓮とそう言い合っていた予想は、どれも覆されることになる。
彼は、よくモテた。
けど、見向きもしなかった。
映画やカラオケ、遊園地などたくさん遊びに連れてってくれた。
最初のうちはおざなりで適当な態度だった私はいつのまにか惹かれていってしまった。
『心を開くのに半年はかかった』とのちに打ち明けられ、笑い合った。
高一の冬、初めて結ばれた。
『桜子、愛してるよ』
今、世界で一番自分が幸せなんじゃないかと涙が出た。
『左手は取っとけ。将来もっといいもん買ってやる』
そう言ってはめられた右手の指輪が嬉しかった。
そして
高三の夏休みのある日、彼が“明日、友達と海に遊びに行く”と言ってきた。
『帰ってきたらお祭り行こうね!』
『はは、分かってるって』
じゃ、またな
これが最後に交わした言葉になるなんて。
彼は海水浴中に波に流され、行方不明になった。